「藤井風の曲は、なぜ一度聴いただけで耳に残るのだろう?」
ジャズやR&Bを思わせる洗練されたコード、どこか懐かしいメロディー、岡山弁を取り入れたユニークな言葉、そして人生や愛、生と死までを扱う歌詞――。
藤井風さんの音楽には、日本の一般的なJ-POPだけでは説明しきれない独特の魅力があります。
しかも、その音楽は難解なだけではありません。音楽的には高度でありながら、聴いた瞬間に「気持ちいい」と感じられるポップさがあります。
では、藤井風さんはどのように曲を作っているのでしょうか。
この記事では、本人のインタビューなどで明らかになっている制作背景をもとに、藤井風さんの生い立ち、音楽的ルーツ、作曲法、そして「何なんw」「帰ろう」「きらり」「死ぬのがいいわ」「まつり」などの名曲について詳しく解説します。
藤井風とは?
藤井風さんは、1997年6月14日生まれのシンガーソングライターです。
幼い頃から父親の影響を受けてクラシックピアノを学び、ジャズ、クラシック、R&B、ソウル、ポップスなど幅広いジャンルの音楽を聴いて育ちました。
12歳になると、実家でピアノカバーを演奏した動画をYouTubeへ投稿するようになります。この動画投稿が後に音楽業界の目に留まり、プロの世界へ進む大きなきっかけになりました。
2020年、「何なんw」のミュージックビデオ公開とともに本格デビュー。同年5月には1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』を発表しました。
その後、「きらり」「まつり」「死ぬのがいいわ」などのヒット曲を生み出し、日本だけでなく海外でも広く知られるアーティストとなっています。
藤井風の生い立ち――音楽の原点は岡山とピアノ
藤井風さんの音楽を理解するうえで重要なのが、幼少期からの音楽環境です。
藤井さんは岡山県で育ち、父親の影響で幼少期からクラシックピアノを始めています。
そしてクラシックだけではなく、ジャズ、R&B、ソウル、ポップスなど、ジャンルの壁を越えてさまざまな音楽を吸収しました。
小学生の頃にはオリジナル曲も作り始めていたと言われています。
高校では岡山県立岡山城東高校の音楽系コースへ進み、音楽を学びました。
この「幼い頃からピアノを弾き続けた」という経験が、後の藤井風サウンドに大きく影響していると考えられます。
藤井風さんの曲をピアノで弾いてみると分かりますが、単純なコードを並べただけでは出てこない響きが頻繁に登場します。
メジャー7th、マイナー7th、テンションコードなど、ジャズやR&Bで多用される和音を自然に取り入れながら、それを難しく聞かせない。
これは長年ピアノとともに生活してきた藤井さんならではの強みでしょう。
YouTubeで身につけた「ジャンルを超える耳」
12歳頃から始めたYouTubeへの投稿も、藤井風さんの音楽形成を考えるうえで非常に重要です。
YouTubeではさまざまなアーティストの楽曲をピアノで演奏していました。
人の曲をコピーすることには、非常に大きな作曲トレーニング効果があります。
メロディーだけではなく、
- どんなコードが使われているのか
- ベースがどう動いているのか
- サビでどのように盛り上げるのか
- リズムによって曲の印象がどう変化するのか
- 歌の後ろで伴奏が何をしているのか
といった音楽の仕組みを、演奏を通して身体で覚えられるからです。
クラシック、ジャズ、歌謡曲、洋楽、R&Bなどを幅広く演奏してきた経験が、現在の「ジャンルを簡単に特定できない藤井風サウンド」につながっていると考えることができます。
藤井風の作曲法
ピアノを土台に曲を考える
藤井風さんの作曲を考えるとき、最も重要な楽器がピアノです。
ギター中心のシンガーソングライターの場合、コード進行が比較的シンプルになることがあります。
一方、ピアノは左右10本の指を使えるため、ベース、コード、メロディーを同時に扱うことができます。
藤井風さんの楽曲には、
「コード伴奏+歌」ではなく、ピアノそのものが曲を動かしている
ような瞬間が数多くあります。
コードの中の一音だけを半音動かしたり、ベース音を変化させたりすることで、普通のコード進行から独特の浮遊感を生み出す。
藤井さんの音楽が「おしゃれなのに自然」に聞こえる大きな理由の一つです。
メロディーから言葉を呼び込む
藤井風さんの作曲法で興味深いポイントが、メロディーと言葉の関係です。
「何なんw」について藤井さんは、先にメロディーがあり、そのメロディーに合う言葉を探すような感覚で制作したことを語っています。
つまり、
言いたい文章を書く
↓
メロディーを付ける
という順序だけではありません。
むしろ、
メロディーやリズムが生まれる
↓
そこに最も気持ちよくハマる言葉を探す
という発想です。
その結果として非常に重要になるのが「言葉の音」です。
「何なん」「わし」「じゃけぇ」といった岡山弁には、標準語とは違う母音やリズムがあります。
方言は単なるキャラクター付けではありません。
方言そのものを音楽的素材として利用している
という点が、藤井さんの作詞・作曲の面白さなのです。
ジャズ・R&B・ソウルのコード感
藤井風さんの曲を特徴づけているのが、コードの色彩です。
一般的なポップスでは、明るいメジャーコードと暗いマイナーコードを中心に組み立てることが多いですが、藤井さんの音楽では、それだけでは説明できない曖昧で美しい響きが頻繁に登場します。
背景には、幼少期から聴いてきたジャズ、R&B、ソウルなどの影響があります。
明るいのに少し切ない。
悲しいのに温かい。
暗いコードから突然光が差す。
こうした「一つの感情だけでは説明できない和音」を使うことで、藤井さんの曲には独特の余韻が生まれています。
グルーヴを最優先する
藤井風さんの楽曲は、コードが高度なだけではありません。
非常に重要なのがグルーヴです。
「きらり」の制作では、HondaのCMから「Good Groove」というテーマを提示されたことが曲作りのきっかけになりました。藤井さん自身も、その言葉に導かれて気持ちのよい曲が生まれたとコメントしています。
プロデューサーのYaffleは「きらり」について、ハウスの影響を受けながらも、それに寄り過ぎないようサウンドを設計したと説明しています。楽譜上では複雑な部分がある一方、バックトラック自体は比較的シンプルだとも分析しています。
ここに藤井さんの音楽を理解するヒントがあります。
演奏は高度でも、聴感はシンプル。
これが重要なのです。
音を詰め込むことより、身体が自然に揺れるリズムを優先する。
だから音楽理論を知らない人でも、藤井さんの曲を「気持ちいい」と感じるのでしょう。
深いテーマを軽く届ける
藤井風さんの歌詞には、人生、死、執着、愛、自由、自我など、非常に大きなテーマが登場します。
普通に扱えば、かなり重い内容になりかねません。
しかし本人は、真面目で重くなりがちなメッセージを、いかに軽く、カジュアルに、かっこよく届けるかを意識している趣旨の発言をしています。
これは藤井さんの作曲における重要な特徴でしょう。
テーマは重く、音楽は軽く。
だから説教臭くなりません。
人生について歌っているのに踊れる。
死について歌っているのに美しい。
この一見矛盾した構造こそ、藤井さんの音楽の魅力です。
藤井風の名曲
「何なんw」
「何なんw」は藤井風さんの原点ともいえる楽曲です。
2020年、この曲のミュージックビデオ公開とともに藤井さんは本格的にデビューしました。
最大の特徴は、R&Bやソウルを思わせるサウンドと岡山弁の組み合わせです。
洗練された洋楽的なコードとグルーヴ。
そこに非常に日常的な岡山弁が乗る。
普通ならミスマッチになりそうな二つの要素が、藤井さんの歌声を通すことで一つの音楽になっています。
さらに重要なのが、歌の視点です。
単なる男女の恋愛ではなく、自分の中に存在する「より良い自分」から現在の自分へ語りかけているようにも解釈できる構造になっています。
後の藤井風作品にも続いていく精神的なテーマが、すでにこの曲には表れています。
「帰ろう」
「帰ろう」は1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』を象徴する一曲です。
テーマになっているのは「手放すこと」と死生観。
Billboard JAPANも、この曲を藤井風さんなりの死生観を扱った作品として紹介しています。
しかし曲調は極端に暗くありません。
ピアノと美しいメロディーによって、死を恐怖として描くのではなく、「いつか帰る場所」のような穏やかな感覚へ変換しています。
ここにも藤井さんの作曲哲学が見えます。
重いテーマほど、美しいメロディーで包む。
だから聴き手は構えることなく、そのメッセージを受け取ることができます。
「きらり」
藤井風さんの知名度を大きく高めた代表曲の一つが「きらり」です。
Honda「VEZEL e」のCMのために書き下ろされ、2021年5月に配信されました。
この曲の魅力は、とにかく軽やかなグルーヴです。
ところが注意深く聴くと、メロディーやコードには藤井さんらしい細かな工夫があります。
つまり、
表面はシンプル、内部は複雑。
このバランスが非常に優れています。
「きらり」はロングヒットとなり、Billboard JAPAN集計では2024年までにストリーミング累計5億回を突破しました。
藤井さんの「高度な音楽性をポップスに変換する力」が最も分かりやすく表れた曲といえるでしょう。
「死ぬのがいいわ」
世界的に藤井風さんの名前を知らしめた楽曲が「死ぬのがいいわ」です。
特徴的なのは、どこか昭和歌謡を感じさせるドラマチックなメロディーと、ヒップホップやブラックミュージックにつながる現代的なビートの共存です。
「古い」と「新しい」。
「日本的」と「海外的」。
「情熱的」と「気だるい」。
相反する要素が一曲の中に存在しています。
この曲が海外へ広がったことについて、藤井自身もお気に入りの作品であり、自分が本当にかっこいいと思う音楽を発信してよいという自信につながったと振り返っています。
言葉を完全に理解できなくても、メロディー、声、リズムだけで感情が伝わる。
藤井風さんの音楽が持つ「国境を越える強さ」を証明した一曲です。
「まつり」
「まつり」は2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』を象徴する重要曲です。
アルバム制作終盤に、「完成を祝う曲を作りたい」という思いから生まれたことが明かされています。さらにアルバムタイトルにもつながる精神を曲へ込めたと藤井は説明しています。
一見すると、日本的な「祭り」を思わせるタイトルです。
しかしサウンドは単なる和風音楽ではありません。
R&B、ヒップホップ、ポップスなどが自然に混ざり合っています。
藤井さん自身、「まつり」以降は「脱力」が重要なキーワードになったと語っています。できるだけ力を抜き、聴き手にもリラックスしたムードを伝えることを意識しているそうです。
そして本人にとって「まつり」は非常に手応えのある作品だったようで、「第二のデビュー曲」のように感じたことも明かしています。
「Workin’ Hard」に見る藤井風の作曲法の進化
藤井風さんの制作方法を知るうえで非常に興味深いのが、2023年発表の「Workin’ Hard」です。
この曲では、ロサンゼルスでNBAの試合を観戦した経験などからヒップホップへの方向性を明確にし、プロデューサーDahiと制作しています。
注目したいのは、制作前から藤井さんの頭の中にかなり具体的な完成イメージが存在していたことです。
「こういうビート」「こういう雰囲気」「こういうメッセージ」といったビジョンを共有し、そこへプロデューサーのアイデアを加えて完成させていったことを本人が説明しています。
つまり藤井さんの作曲は、
一人ですべてを完成させる
のではなく、
自分の核となるビジョンを持ち、優秀なプロデューサーと一緒に拡張する
というスタイルへ発展していることが分かります。
藤井風の作曲法から学べる7つのこと
藤井風さん本人の発言や楽曲の特徴を整理すると、作曲をする人にとって参考になるポイントが見えてきます。
好きな音楽をジャンルで限定しない
クラシック、ジャズ、R&B、ソウル、ポップスなど、幅広い音楽を聴くことで自分だけの音楽語彙が増えていきます。
コピーを大量にする
藤井風さんがYouTubeで数多くのカバーを演奏してきたように、人の曲を実際に弾くことは強力な作曲練習になります。
コードだけでなくグルーヴを考える
高度なコードを使うだけでは、人の心は動きません。
身体が自然に揺れるリズムを作ることも重要です。
メロディーが求める言葉を探す
意味だけではなく、母音、子音、アクセント、言葉の長さまで音楽として考えます。
自分の言葉を使う
岡山弁を自然に使う藤井風さんのように、自分が普段使っている言葉には独自のリズムがあります。
無理に「歌詞らしい言葉」を書く必要はありません。
重いテーマほど軽く届ける
愛、死、人生、執着といった壮大なテーマでも、サウンドまで重くする必要はありません。
むしろ軽やかなグルーヴと組み合わせることで、メッセージは届きやすくなります。
音を増やすより「気持ちよさ」を優先する
複雑な演奏技術を持っていても、それをすべて見せる必要はありません。
曲に必要なものだけを残す。
藤井風さんの音楽からは、そんな「引き算」の感覚も学ぶことができます。
藤井風の才能は「天才」だけでは説明できない
藤井風さんを見ると、つい「天才」という一言で説明したくなります。
もちろん、ピアノ演奏、歌唱力、メロディーセンスなど、突出した能力を持っていることは間違いありません。
しかし、その背景を見ると別の姿も見えてきます。
幼少期からピアノを弾き続ける。
さまざまなジャンルの音楽を聴く。
数多くの曲をカバーする。
自分でも曲を書く。
そしてプロになってからはYaffleやDahiなどのクリエイターと共同制作しながら、新しい音楽へ挑戦していく。
つまり藤井風さんの音楽は、
「才能 × 圧倒的な音楽体験 × 好奇心」
から生まれているのではないでしょうか。
まとめ~藤井風の作曲法とは「すべてを自然に混ぜること」
藤井風さんの作曲法を一言で説明するなら、
「自分が吸収してきたすべての音楽を、自然な形で一つにすること」
なのかもしれません。
クラシックピアノ。
ジャズのコード。
R&Bのグルーヴ。
ソウルの歌唱。
ヒップホップのビート。
日本の歌謡曲。
岡山弁。
そして人生、愛、死、自由といった普遍的なテーマ。
普通ならバラバラになりそうな要素が、藤井風という一人の音楽家を通ることで自然につながります。
だから藤井さんの曲は、どこか懐かしいのに新しい。
高度なのに聴きやすい。
日本的なのに世界へ届く。
そして、深いことを歌っているのに重苦しくありません。
藤井さんの作曲から学べる最大のポイントは、特定のコード進行やテクニックを真似することではないでしょう。
たくさんの音楽を聴き、たくさん弾き、自分の言葉と自分の感覚を信じること。
その積み重ねこそが、藤井風のような「誰にも似ていない音楽」を生み出すための第一歩なのです。


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